こんにちは、大内です。
今回のテーマは、
耐震基準適合証明書は売主と買主のどちらが申請するものなのか?
です。
最近建て続けに同じ内容の質問が来たので記事にしてみました。
中古住宅の住宅ローン減税で必要となる耐震基準適合証明書ですが、売主と買主のどちらが申請者なのか?という質問です。
発行依頼は誰でも構わないのですが、耐震基準適合証明書に記載する申請者欄は、耐震基準適合証明書が必要なタイミングによって売主が記載されるか、買主が記載されるか変わります。
国土交通省ホームページ
http://www.mlit.go.jp/jutakukentiku/house/jutakukentiku_house_tk2_000017.html
実際に耐震基準適合証明書を見てみましょう。
記入例を見ると「売主」と記載されています。
所有権移転までに耐震基準適合証明書を発行する場合の耐震基準適合証明書の申請者は売主になると理解できます。
一方、同じページに「中古住宅取得後に耐震改修工事を行う場合について」というリンクがあるので見てみると、耐震基準適合証明書仮申請書の記入例があります。
中身を見てみると、「売主」という表記はありません。
状況を少し整理してみます。
まず、住宅ローン減税には築後年数要件が定められています。
非耐火住宅(木造住宅等)は20年以内、耐火住宅(マンションなど)は25年以内と定められています。
税制改正で耐震基準適合証明書があれば築後年数要件を緩和するという特例が定められました。
耐震性が確認された住宅を取得したので、築何年でも住宅ローン減税を適用しましょう、という理解です。
この制度には問題がありました。
昭和56年6月以降の所謂「新耐震」と呼ばれる時期の住宅でも、耐震診断を実施すると現行基準を満たさず、耐震改修が必要であると判定される確率が高いからです。
耐震診断は非破壊検査なので、所有権移転までに耐震診断を実施することは、売主にとってそれほど負担ではないのですが、工事となると話は別です。
所有権移転前に買主が希望するリフォームを実施することは、様々なトラブルの原因となるのであまり一般的ではありません。
※外からの工事であればまだ良いのですが、耐震改修は室内の工事となりますので現実的ではありません。
上記のような実情を踏まえて、所有権移転後に耐震改修工事を実施して耐震基準適合証明書を取得する場合であれば、住宅ローン減税を適用させましょう、という特例が設けられました。
国交省資料 http://www.mlit.go.jp/common/001034591.pdf
耐震基準適合証明書は耐震診断の結果、基準を満たすことを証明する書類なので、所有権移転前の取得の場合、所有者は売主となるので、申請者が売主となり、所有権移転後の場合は所有者が買主のため、申請者が買主となる訳です。
※税制改正には間に「既存住宅売買瑕疵保険に加入する」という特例が設けられているのですが、今回はテーマが異なるので割愛します。
書類の記載ルールについては概ねこの理解で問題ないと思います。
ただ、誰が頼むべきなのか?については、書類上の記載とは別の問題なので誤解が生じやすいと思います。
耐震基準適合証明書は誰が依頼するべきなのか?もう少し具体的に言うと耐震基準適合証明書にかかる諸費用を誰が負担するべきなのか?については、誰でも良いが適切な回答だと思います。
発生するメリットを考えると買主が費用負担すべきと思われますが、耐震性が確保された住宅であることが不動産取引の条件の場合は、その証明の手段として売主が負担するべき状況も考えられます。
極論ですが、取引を円滑に進めるために仲介会社が負担するという考え方も間違いではありません。(実際フラット35適合証明は仲介会社が申請者になることができます)
大切なのは、何の目的で利用する書類で、誰が費用負担するのか、万が一発行されなかった場合はどうするのかなどを売主・買主で明確にすることだと思います。
耐震基準適合証明書発行の実務について説明します。
(耐震基準適合証明書は建築士事務所に所属する建築士以外でも発行する方法がありますが、ここでは建築士が発行する前提で説明します。)
まず、耐震基準適合証明書は建築士が申請者に対して発行する書類です。従って申請者欄はありますが申請者欄には捺印欄がありません。捺印欄は建築士情報を記載する場所にあります。
それでは発行する建築士の立場で考えてみます。
耐震基準適合証明書は建築士が発行する書類なので、依頼文書ではありません。
耐震基準適合証明書発行業務を請け負う上で、誰でも良いのですが、依頼者から文書で依頼を受ける必要があります。
(口頭で済ませる方もいますが、トラブルを避けるには文書化した方が良いです)
流れは概ね以下になります。
1)依頼者から文書で依頼を受ける(費用や諸問題について合意する)
2)耐震診断を実施する
3)基準を満たすと判定された場合、建築士が耐震基準適合証明書を申請者(現所有者)へ発行する。
次に改修工事が必要な場合です。
耐震基準適合証明書の発行が所有権移転後になる場合は、耐震基準適合証明書仮申請書という書類が必要になります。
この耐震基準適合証明書仮申請書は住宅取得予定者が建築士に対して発行する書類で、建築士はその書類に受領したという意図で捺印します。
流れは概ね以下になります。
1)依頼者が建築士に対して書面で業務を依頼します。(費用や諸問題について合意する)
2)住宅取得予定者が建築士に対して耐震基準適合証明書仮申請書を発行します。
3)建築士は耐震基準適合証明書仮申請書へ捺印し住宅取得予定者へ耐震基準適合証明書仮申請書を戻します。
4)任意のタイミングで耐震診断を実施します。(耐震診断は仮申請の前でも後でも問題ありません)
5)所有権移転後に耐震改修工事を実施します。
※住宅ローン減税には築後年数要件の他に、所有後半年以内に居住するという要件があるため、半年以内に工事を終え証明書を取得し住民票を移す必要があります。
6)建築士が耐震基準適合証明書を発行します。
※余談ですが、所有権移転後の耐震基準適合証明書発行が別の建築士になった場合、所有権移転前に作成した仮申請書は無効となり、この場合買主は住宅ローン減税が使えなくなる可能性が高いと思います。
まとめると、耐震基準適合証明書・仮申請書だけで済ませるのではなく、建築士に耐震診断などを含む耐震基準適合証明書発行に至るまでの業務を発注する書類が必要になります。
単に書類作成だけでなく、証明書発行までの条件を関係者が合意して業務を進めることがトラブル回避の第一歩です。
例えば、当初A建築士に耐震基準適合証明書を発行してもらおうと依頼したが、コストの面からA建築士が指定する事業者ではないリフォーム会社に改修工事を依頼することになったとします。
このリフォーム会社にはB建築士が所属していて、B建築士でも耐震基準適合証明書を発行することができますが、仮申請と耐震基準適合証明書の建築士が異なることからルールに適していないと判断させる可能性が高い、ということです。
※仮申請書を読むと、その建築士が証明書を発行する前提としか読み取れませんね。
耐震改修工事費用は耐震診断をしてみないとわからないので、複数の事業者で相見積りをしたい場合は、複数の事業者に耐震診断を依頼する必要があります。(別の病院のカルテで手術する医者がいないのと同じ考え方です)
中古住宅取得時のリフォームと通常のリフォームを一緒にしてはいけません。耐震改修が必要な物件を購入する時は、なるべく不動産売買契約までに耐震診断を実施して正確な改修費用を把握しておいた方が良いです。
所有権移転後の流れは比較的新しい特例なので、制度をよく理解していない不動産仲介会社が多いです。
よくあるトラブル事例をご紹介します。
1 既に所有権移転してしまったが、今から工事を行えば間に合いますか?
所有権移転前に仮申請を行っていないのでNGです。
所有権移転後の場合、「所有権移転後居住開始までに耐震改修工事を実施して耐震基準適合証明書を取得する」というのが要件なので、既に住民票を移していた場合は2重の意味でNGです。
住宅ローン減税の手続きは所有権移転までに実施しなければならないことがあります。
2 マンションだが所有権移転後の手続きで良いか?
所有権移転間際もしくは所有権移転後に問い合わせがあるパターンが多いです。
結論はNGです。
所有権移転後の場合は、耐震改修工事を行うことが要件です。マンションは戸単位で耐震改修工事が実施できないので、制度対象外となります。
3 リフォームは別の業者で考えているが、耐震基準適合証明書だけ依頼できるか?(戸建ての場合)
難しい質問ですがほぼNGです。(少なくとも弊社ではお断りしています)
耐震診断だけで基準を満たしている可能性が低く、また、リフォームの内容によっては構造部分に影響を及ぼすことも懸念されるため、普通の建築士であれば引き受けないと思います。
それだけ耐震基準適合証明書に印鑑を押すというのは重たい業務なのです。
既にリフォーム会社が決まっている場合は、そのリフォーム会社に耐震基準適合証明書を依頼するのが筋です。
また、中古住宅を購入する際のリフォームは耐震基準適合証明書が発行できる、建築士が在籍している会社を選ばないと、住宅ローン減税だけでなく、各種住宅取得支援制度が利用できなくなってしまいます。
4 リフォームは別の業者で考えているが、耐震改修工事だけ分離発注できないか?(戸建ての場合)
こちらも難しい質問ですがほぼNGです。(少なくとも弊社ではお断りしています)
施工責任の区分が曖昧になるため、1回の工事で複数の事業者が元請となる契約は推奨できません。
3と同じで、リフォームを頼みたい事業者が耐震基準適合証明書を手配するべきで、耐震基準適合証明書すら手配できないリフォーム会社を選ぶべきではありません。
5 所有権移転後に耐震診断を実施したら基準に適合していて耐震改修が不要と判断された。制度の対象となりますか?(戸建て)
所有権移転後は耐震改修工事を実施することが前提です。そもそも基準を満たす(工事が不要)のであれば、所有権移転前に手続きが可能だからです。
築20年といっても、新しいものは阪神淡路大震災後の物件も出てきます。また、2×4工法の場合はきちんと施工されたものであれば基準を満たす可能性が高いです。
住宅ローン減税を利用したい場合は、少なくとも耐震診断くらいは早めに実施しておいた方が良いと思います。
6 何とかなりませんか?
なりません(笑)。変なゴネ方をする不動産仲介会社がたまにいますが、日付を遡って書類を作成する行為は違法です。
最後に耐震基準適合証明書を含めた中古住宅の取引の流れをご説明します。
■戸建て(在来工法・2×4工法)
1)事前に(できれば初訪時に)不動産仲介会社へ「建築士によるインスペクションを実施すること」「住宅ローン減税が利用したいこと」を伝え、制度について納得のいく説明をしてもらえる仲介会社を選ぶ。
住宅ローン減税が上手くいかない理由の一つに仲介会社が無知だったということが挙げられます。所有権移転前にやらなければならないことがあります。不動産の売買とは関係ないからといって何もしてもらえない仲介会社を選ぶ理由はありません。
※中古住宅はほとんどの場合、どの仲介会社を通じても購入することができます。
2)購入したい物件が決まったらインスペクションを実施する
費用や諸条件を含めて書面で建築士事務所へ依頼します。調査費用は調査までに支払う条件になっていることが多いです。
他に購入希望者が競合している場合など不動産売買契約を先行しなければならない場合があります。この場合は仲介会社とよく相談した上で契約を優先するか、リスクを取るかを選択してください。
3)インスペクションの結果を受けて改修工事費用の見積りを確認します。
住宅設備の交換など他にリフォームしたい箇所がある場合はリフォーム全体の概算見積りを確認します。(この時点で詳細な見積りを取るのはスケジュールの関係から現実的ではありません)
4)リフォーム会社を決定します。
リフォーム工事請負契約を締結するのではありません。あくまで以後の対応を依頼するリフォーム会社を決定するだけです。
この後でも請負契約を締結するまではリフォーム会社を変更することができますが、不動産取引のスケジュールから現実的ではないことが多いです。
5)不動産売買契約を締結します。
所有権移転までに実施しなければならない後工程のスケジュールを確認しておかないと所有権移転日を決定することができません。
通常の取引では契約日から1か月後くらいで調整するのですが、一度決まった所有権移転日を後からひっくり返すことは困難なので、予め確認しておきます。
(瑕疵保険を利用する場合など1か月では足りない場合があります)
また、不動産売買契約直後に住宅ローンの審査を行うことが通常なので、リフォーム費用を住宅ローンとあわせて借りたい場合は不動産売買契約までにリフォーム概算見積りを作成してもらっておく必要があります。
6)融資内定後、所有権移転までに必要な手続きを行います。
所有権移転後のリフォーム工事の場合は、この時点で仮申請を行っておきます。厳密に言うと撤回する手続きがややこしくなるので、リフォーム関連の書類は融資内定後の方が良いと思います。
不動産仲介会社が所有権移転前に住民票を移しておくように指示をする場合がありますが、この時点で住民票を移してしまうと住宅ローン減税が利用できなくなりますので注意が必要です。
7)所有権移転
8)リフォーム工事(耐震改修含む)
9)耐震基準適合証明書発行
10)確定申告を行う
■マンション・木造以外の戸建て ※弊社ではサービス対象外となります
※マンション・木造以外の戸建ては原則として「新耐震」であることが前提です。
稀に旧耐震の物件を取り扱う建築士事務所もありますが、イレギュラーだと思っていた方が現実的です。
1)事前に(できれば初訪時に)不動産仲介会社へ「建築士によるインスペクションを実施すること」「住宅ローン減税が利用したいこと」を伝え、制度について納得のいく説明をしてもらえる仲介会社を選ぶ。
手続きが戸建てと異なるので、仲介会社が理解していないと失敗してしまう恐れがあります。
2)購入したい物件が決まったら、住宅ローン減税を適用するための方法を決める
選択肢は1:マンションの耐震基準適合証明書を発行できる建築士事務所を探す、2:マンションの既存住宅売買瑕疵保険に加入する の2択です。
※売主が宅建業者の場合は瑕疵保険に加入してもらえるように交渉し、加入してもらえない場合は耐震基準適合証明書の発行を検討します。
※売主が個人の場合はどちらの方法でも良いのですが、保証を考えると瑕疵保険の加入をお勧めします。
3)後工程のスケジュールを確認する
耐震基準適合証明書はそれほど時間がかかりませんが、既存住宅売買瑕疵保険は場合によっては証明書取得まで1か月では足りない可能性があります。
不動産売買契約前にスケジュールを確認しておいて、余裕を持ったスケジュールで所有権移転日を決定します。
※可能であればこの時点でインスペクションを実施して、証明書発行可否もしくは瑕疵保険の検査基準を満たすかどうかの確認を行っておくことをお勧めします。
4)不動産売買契約を締結します
不動産売買契約の締結の条件として、売主に耐震基準適合証明書の申請者になることもしくは既存住宅売買瑕疵保険の手続きで売主が記載するべき書類の作成に協力してもらうことに合意してもらいます。
5)速やかに所有権移転までに実施するべきことを実行します
住宅ローンの内定前に動くと無駄が発生してしまうリスクはありますが、所有権移転日までのスケジュールが厳しい場合が多いので、不動産売買契約後、住宅ローン審査の手続きと同時に必要な後工程を実行します。
6)証明書が必要な期日を司法書士に確認する
登録免許税の減額時に使用するタイミングが証明書が必要な最も早いタイミングです。いつまでに提出する必要があるのか事前に司法書士に確認し、間に合うように手配します。
7)所有権移転
所有権移転後に耐震基準適合証明書を取得する流れは想定されないので、所有権移転にあたって予め住民票を移転する「新住所登記」を行っても問題ありません。
8)確定申告を行う
住宅ローン減税の相談は不動産売買契約後もしくは所有権移転後にご連絡いただくことが多いのですが、住宅ローン減税を利用することを前提に取引を進めることが大切なことがわかると思います。
取引において不動産仲介会社が担うべき役割が重要なので、仲介会社選びが重要になることをご理解ください。
ではまた♪